テレビだけでなくYouTubeや単独ライブでも人気の「さらば青春の光」。
現在の2人にはもうひとつ特徴があります。
それが、大手芸能事務所ではなく、自分たちで作った個人事務所「株式会社ザ・森東」で活動していることです。
森田哲矢さんが社長、東ブクロさんが副社長。
では、そもそもさらば青春の光はなぜ松竹芸能を辞めたのでしょうか。
結論からいうと、本人たちが後年明かした大きな理由は、当時の待遇や自分たちへの評価に納得できない部分があったことです。
ただし現在の2人は、当時の判断を「若気の至り」「勘違い」とも振り返っています。
さらば青春の光は松竹芸能所属だった
さらば青春の光は2008年に結成。
森田哲矢さんと東ブクロさんは、もともと松竹芸能で活動していました。
2012年には『キングオブコント』で準優勝。
全国的に名前が知られ始め、普通に考えればここから事務所とともに売れていく時期でした。
しかし、さらば青春の光は2013年に松竹芸能から独立します。
松竹芸能を辞めた理由は「評価と待遇への不満」
後年のインタビューで、森田さんは退所した理由について、当時は会社からの評価や金銭面に納得できない部分があったと説明しています。
東ブクロさんも、同じ程度に賞レースで評価されている他事務所の芸人が生活できている一方、自分たちは十分に食べていけないと感じていたと振り返りました。
ただ、現在の2人は当時の判断を美化していません。
森田さんは「若気の至り」、東ブクロさんは「勘違い」と表現しています。
つまり、
「売れかけているのに待遇が見合っていない」
と当時の2人が感じ、その勢いのまま独立へ踏み切ったというのが本人たちの説明に近いでしょう。
独立すれば簡単に他の事務所へ入れると思っていた?
ところが、松竹芸能を離れた後も順風満帆とはいきませんでした。
森田さんは後年、「入所させてくれるような事務所もなかった」と振り返っています。
結局、自分たちで活動するしかない状況になりました。
さらに独立直後には、東ブクロさんの不倫騒動が報じられます。
事務所を辞めて再スタートを切った直後に大きなスキャンダルまで発生。
さらば青春の光にとって、かなり厳しい時期だったことは間違いありません。
ザ・森東はテレビ番組のノリから誕生
そんな2人が作ったのが、
株式会社ザ・森東
です。
実は最初から本格的な芸能プロダクションを作ろうと綿密な事業計画を立てていたわけではありません。
森田さんによると、フリーになった2013年に始まった冠番組『さらば青春の光ふぁいなる』の中で、
「どこの事務所も入れてくれないなら、自分たちで会社を作ろう」
というような流れになり、そのまま個人事務所を設立したといいます。
森田さんが社長、東ブクロさんが副社長となりました。
さらにマネージャーのヤマネヒロマサさんを加えた少人数で会社を運営していきます。
設立時には300万円の融資も
現在では大きな売上を作る会社になったザ・森東ですが、最初から資金があったわけではありません。
森田さんは会社設立当時、日本政策金融公庫へ融資を申し込み、300万円の融資を受けたエピソードをテレビで明かしています。
それからテレビ出演だけでなく、
YouTube、単独ライブ、グッズ、企業案件などへ活動を広げていきました。
2022年には年商3億7000万円、2023年には4億7000万円だったことが後に明らかになっています。
「大手事務所を辞めた芸人」というだけだった2人が、自分たちの会社で億単位の売上を作るまでになったわけです。
独立したことを現在はどう思っている?
さらば青春の光は、独立には自由という大きなメリットがある一方、大手事務所に所属するメリットも認めています。
森田さんは、個人事務所なら企画などを自分たちの判断ですぐ動かせることをメリットとして挙げています。
一方で東ブクロさんは、後になって「簡単に辞めるのも良くない」と思うようになったとも話しています。
そのため、
「大手事務所を辞めれば成功できる」
という単純な話ではありません。
さらば青春の光の場合は、退所後の苦しい時期を乗り越え、テレビ以外の収益源まで自分たちで作ったことで現在につながったと考えた方がよさそうです。
まとめ
さらば青春の光が松竹芸能を辞めた理由について、本人たちは会社からの評価や待遇に納得できなかった部分があったと説明しています。
ただし現在では、その判断を「若気の至り」「勘違い」とも振り返っています。
そして他事務所へ移籍するのではなく、自分たちで「ザ・森東」を設立。
結果的に、この独立が現在のさらば青春の光独特の活動スタイルにつながりました。
では、ザ・森東は現在いくら稼いでいるのでしょうか。